こんにちは。西村です。今日はTwitterの固定ツイートに置いてある質問箱に届いていた質問に答えたいと思います。いつもはTLで回答しているのですが、140字以上しゃべりたいので、こちらで回答します。
質問内容がこちら。
横顔の認知って難しいですよね。私もそう思います。
質問へのお答えの概要としては、①横顔の認識は難しい ②顔の角度そのものは印象にあまり影響しない ③単純に顔を知覚するだけなら、角度によってN170は変化しない です。
まず、「正面以外の視点から見たときの顔認知において、再認成績は角度の影響をどの程度受けるのか?」について考えたいと思います。
横顔の認識は難しい
顔の角度と記憶の関係については、例えばO’Toole et al.(1998)で検討されています。実験1で、学習セッションでの顔の角度とテストセッションでの顔の角度を操作し、テストセッションでの再認成績を比較しています。実験の結果は、学習セッションで呈示された顔の角度とテストセッションで呈示された顔の角度が一致しているほど、再認成績が良いというものでした。また、学習時とテスト時の不一致具合が大きければ大きいほど、再認は難しくなるようです。例えば、正面顔で学習していた場合、再認成績が最も良いのはテスト時も正面顔だった場合です。そして、斜め、横と顔の角度が変わるにつれて再認成績は低下していきました。
記憶の話ではありませんが、2つ並んだ顔が同一人物かを判断する課題(マッチング課題)でも、2つとも正面の顔が呈示されたときと比べて、1つは正面、1つは横顔が呈示されたときの正答率は低いことが示されています(Bindemann et al., 2013)。
ただし、これらの研究は呈示された顔が実験参加者にとって「よく知らない人物の顔」であったことに注意が必要です。よく知っている人物の顔はどんな状態で呈示されても認識できることが言われています(例えばKramer et al., 2018 ←序論のところで、今『グレイテスト・ショーマン』で話題のヒュー・ジャックマンのいろんな画像を例示して説明しています)。
また、よく知らない人物の顔のマッチング課題では、斜めの顔は正面顔よりも認識しやすいという話もあったりします(e.g., Bruce et al., 1987)。
以上から、基本的には正面顔から横顔に回転していくにつれて顔(特に、知らない顔)を認識するのがどんどん難しくなっていくんだと思います。ただし、条件によっては斜め顔の方が認識しやすいこともあるようです。
顔の角度と印象の関係:角度そのものは印象にあまり影響しない
次に、「正面以外の視点から見たときの顔認知において、印象評定は角度の影響をどの程度受けるのか?」について考えたいと思います。
Rule et al.(2009)は、角度の異なる同じ人物の印象は相関することを示しています。実験では、人物の写真を見て積極性、能力(デキる人っぽいか)、支配性、好ましさ、信頼性、魅力、子供っぽい顔か大人っぽい顔かを7段階で評価しました。顔の角度の条件は0°、45°、90°の3つですが、実験参加者はどれか1つの角度だけを見ました。つまり、同じ人物に対する印象が0°の写真を見た人と、45°の写真を見た人と、90°の写真を見た人の間で相関するかどうかを確かめます。もし、顔の角度が印象に影響するのであれば、人物に対する印象はどの角度から見たかによって異なるため、相関は見られないはずです。分析の結果、異なる角度から評価された印象は、相関係数がおよそ0.5前後で有意に相関することがわかりました。相関の程度としては中程度くらいだと思うので、顔の角度そのものは印象評定に「あまり」影響しないと言えそうです。
一方、Sutherland et al.(2017)は、確かに顔の角度それ自体は印象形成に大きく影響しないものの、表情との相互作用があることを示しています。例えば、表情が笑顔(happy)で正面を向いているときが、斜めを向いているときや横を向いているときと比べて最も信頼できそうに見える、といった具合です。このことから、顔の角度の効果は、単に角度を変えるだけでは現れませんが、表情が組み合わさることで現れると言えそうです。
顔の角度そのものは印象に影響しなさそうですが、それでも私たちは写真を撮るときには顔の角度を調整します。また、人物の顔の絵を描くときも描きやすい角度があるのではないでしょうか。実際に、肖像画や写真に写る人物がどう写っているのかを調べた研究があります(Conesa et al., 1995)。合計4,180枚の人物画や人物写真を調べた結果、左横を向いた顔が172枚、左斜めを向いた顔が1,990枚、正面が185枚、右斜めを向いた顔が1,702枚、右横を向いた顔が131枚でした。圧倒的に斜めが多いですね。皆さんもご自身がどちらを向いて写っていることが多いか、写真フォルダを見返していただくと面白いかもしれません。
単純に顔を知覚するだけなら角度によってN170は変化しない
最後に、「顔特異的な認知処理のスタートは角度によって遅くなるのか?(N170の潜時や振幅が回転角が大きくなるにつれて遅れる・減衰するなど)」について考えたいと思います。
N170は、刺激が提示されてから170 ms後に起こる事象関連電位(event-related potential; ERP)の陰性成分のことですね。顔が呈示されたときに大きく現れる陰性電位として有名です(e.g., Rossion & Caharel, 2011)。顔の認知処理は、刺激が呈示されてから170 msという非常に早い段階から始まっていることが伺えます。
さて、顔の角度が変わることで、N170成分に違いが現れるのでしょうか?これについて、Caharel et al.(2015)で検討されています。まず、パイロットスタディで、様々な角度(0°から90°まで15°刻みで変化)の顔が呈示されたときのERPが測定されています。実験参加者の課題は、呈示された顔の性別判断でした。その結果、顔の角度によるN170の違いは見られませんでした。
本実験では、正面顔(0°)に順応した後で角度の異なる顔が呈示されたときにN170はどのように変化するかが検討されています。まず、およそ3000 ms間正面顔が呈示されました(順応)。そして、何もない画面が200 msほど呈示された後、角度のある顔(0°から90°まで15°刻みで変化)がおよそ200 ms間だけ呈示されました(テスト)。実験参加者の課題は、1回目に呈示された顔と2回目に呈示された顔が同じかどうかを判断するマッチング課題でした。その結果、テスト時の顔の角度が0°、15°、30°と大きくなるにつれて、N170の振幅は大きくなりました。しかし、30°から90°の間ではN170の振幅は変化しませんでした。すなわち、継時的なマッチング課題では、テスト時の顔が正面(0°)か角度のある顔(15°以上)かでN170の振幅の大きさが異なるようです。
このことから、「顔特異的な認知処理のスタートは角度によって遅くなるのか?」という問いに対する答えは「単純に顔を知覚するだけなら、顔特異的な認知処理のスタートはどんな角度でも同じ」になるかと思います。ただし、Caharel et al.(2015)で実施されたような順応課題における顔の認知処理は視点依存的である可能性が考えられます。
以上がご質問に対する私の回答です。いろいろ論文を引用していますが、説明には私の解釈が入っています。もし興味を持たれた場合は是非ご自身で読んでみてください(そして私が間違っている場合は是非ご指摘ください)。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。