「次回はdiffusion modelを階層ベイズモデリングでやる話を書いた、Vandekerckhove et al (2011)の紹介をしようと思います。」と言ってから、随分と時間が経ってしまいました。あまり同時にいろんなことができるタイプではないんですよね…。前回の記事から今日までの間、実験計画が決まり、実験を実施し、分析し、また次の実験をして……みたいな感じで生きていました。
さて、今回は前回の予告通り、Vandekerckhove et al (2011)の紹介をします。輪読の資料のようなものだと思ってお読みください。ただ、1度に全部書くのは大変だなと思ったので、何回かに分けて書きます。
以下の文章の中にある、()で囲われた英単語は論文中の表記です。
Hierarchical Diffusion Models for Two-Choice Response Times
この論文は、Joachim Vandekerckhove、Francis Tuerlinckx、Michael D. Leeによって書かれたものです。2011年にPsychological Methodsに掲載されました(Vol. 16, No. 1, 44–62)。二肢選択課題で得られた反応時間データを、階層diffusion modelで分析しよ(^_−)−☆っていう話です。
二肢選択課題は、心理学実験でよく使うやつですね。このシリーズで取り上げているIATも二肢選択課題です。二肢選択課題では、呈示された刺激がAカテゴリーとBカテゴリーのどちらに含まれるものかをキー押しで回答します。AかBかの2択で、必ずどちらかを選ばないといけないので、二肢選択課題です。IATについて説明した回でどんな課題かを説明しているので、よかったら見てください。
これまで使われてきたモデル
心理学の基礎研究は、大きく分けて2つの分野があります。一つは普遍的な法則を導くことに関心がある実験心理学分野(experimental discipline)です。主に、システマティックに条件を操作した実験を行っています。もう一つは、もともと存在する個人差やグループ差に関心がある相関研究分野(correlational discipline)です。質問紙を使った調査などが多いかと思います。各分野の結果の分析でよく使われる統計モデルは、ANOVAや回帰分析のような(一般)線形モデルですが、ここでは非線形モデルに注目していきましょう。
実験心理学では、現象を説明するためにプロセスモデルを使ってきました。例えば、Atkinson & Shiffrin(1968)の記憶のモデル(multistore model)が挙げられます。詳細は割愛しますが、感覚記憶・短期記憶・長期記憶といった複数の記憶貯蔵庫があることを想定したもので、入力された情報がどのようなプロセスで記憶されているのかを示したものです(下に簡単な図を貼ったので参考にしてください)。他にも本文中で例示されたモデルは色々ありますが(本文1ページ目の右下あたりを参照してください)、それぞれのモデルで共通しているのは、反応に至るまでのプロセスを詳細に説明しているという点です。
一方、相関研究分野では、測定モデル(measurement models)が優勢です。例えば、要因分析モデル(factor analysis model)や項目反応理論(item response theory)が挙げられます。Rijmen, Tuerlinckx, De Boeck, & Kuppens(2003)は、項目反応理論の多くは一般化線形混合モデル、残りは非線形混合モデルであると示しています。このような相関研究を起源とするモデルは、個人差をモデル化するのに使われます。実験心理学分野で用いられるモデルと比べると詳細ではなく、より一般的なものですが、個人差の主な源を見つけることができます。
最近登場してきたモデル
最近は、以上のような実験心理学分野のモデルと相関研究分野のモデルを融合したものが登場してきました。それが、cognitive psychometricsです(Batchelder & Riefer, 1999; see also Batchelder, 1998; Riefer, Knapp, Batchelder, Bamber, & Manifold, 2002)。cognitive psychometricsでは、データの特定の面白い側面を捉えるために認知心理学のモデルが使われます。認知心理学のモデルでは、データは特定のパラダイム(お決まりの実験課題)で収集されます。このやり方はどうしても一般性に欠けてしまいます(実験室限定の行動になってしまう)が、データについて本質的な理解をすることができます(※ 実験心理学は普遍的な法則を導くことに関心があります)。さらに最近、階層モデリングの考え方が認知モデリングの分野に導入されてきました。推論のための統計的枠組みとして(see e.g., Rouder & Lu, 2005; Rouder, Lu, Speckman, Sun, & Jiang, 2005; Rouder et al., 2007)、人の認知の構造を説明するものとして(see e.g., Chater, Tenenbaum, & Yuille, 2006; Griffiths, Kemp, & Tenenbaum, 2008; see also Navarro, Griffiths, Steyvers, & Lee, 2006)、階層モデルが使われています。
このように、認知モデルを階層モデルに拡張すること(逆も然り)が、実験心理学分野と相関研究分野の融合に重要な部分です。こうすることで、実験心理学畑の人にも相関研究畑の人にもメリットがあります。実験心理学分野で用いられてきたプロセスモデルを階層的に拡張することで、実験心理学者の皆さんは被験者間のばらつき(個人差)を考慮することができるようになります。一方、相関研究者の皆さんは、プロセスモデル(実験を通して妥当性が確認されたもの)に基礎を置いた測定モデルを構築、利用することができるようになります。
この論文(Vandekerckhove et al., 2011)の目的
この論文は、二肢選択課題における反応時間を説明するモデルである拡散過程モデル(diffusion model)を階層化することによって、実験心理学分野と相関研究分野の伝統を融合することが目的です。拡散過程モデルには色々と難しいことがあるんですが、拡散過程モデルの心理学的解釈が面白いということで選びました。それに、選択反応時間(反応時間と正答・誤答データの組み合わせ)は心理学実験のデータとしてよく使われるものです。なので、拡散過程モデルを階層化することは、様々な分野にとって価値のあることだと思います。そして、拡散過程モデルを階層化するために、ベイジアンアプローチを用います。
拡散過程モデルとは何だという話は、「【RとIATとBAYESIAN HIERARCHICAL DIFFUSION MODEL】拡散過程モデルとは?」をご覧ください。ベイズ・階層モデリングとは何だという話は、「【RとIATとBAYESIAN HIERARCHICAL DIFFUSION MODEL】階層ベイズモデリングはIATの分析になぜ良いのか」をご覧ください。どちらもざっくりとではありますが、説明してあります。
3,000字を超えたところで疲れちゃったので、続きはまた今度書きます。